土にふれる
土をしる
粘土ができるまで、
そしてやきものができるまで
粘土ができるまで、
そしてやきものができるまで
毎朝使うマグカップ、ごはんを食べるときのお茶碗やお皿、わたしたちは日々たくさんのやきものに囲まれて生活しています。また、やわらかく自在に形を変えることのできる粘土は、多くの芸術家の想像力を引き出し、個性的な作品のよすがとなっています。
さかのぼれば縄文時代から現在まで、人は土を使ってさまざまなモノ・作品を生み出してきました。やきものの何が人をこんなにも惹きつけるのでしょうか。その秘密を探りに、やきものができるまでの過程をたどってみましょう。
皆さんも知っているように、やきものは粘土からつくられます。では、その粘土はどうやってつくられるのでしょうか。わたしたちの足元の地表は多量の土に覆われていますが、そのすべてが粘土になるわけではありません。粘土になるのは、水分を保ち、こねるとかたまりになる性質、さまざまな形を自由につくり上げることのできる性質(可塑性)、焼くことによって硬くなり、元に戻らなくなる性質などを兼ね備えた泥や粒子です。
粘土はとても細かい粒でできています。実はこれらは、もともと大きな岩石だったものなのです。花崗岩などの岩石は、雨や風にさらされて風化することで岩くずや砂粒になります。砂粒のままでは、まだ形をつくることは難しい状態です。お団子を作ってもぼそぼそとして、簡単に崩れてしまいます。これらの砂粒が水や空気、生物や植物のはたらきによってさらに細かく分解されて小さな粒子となったものが、わたしたちが粘土と呼ぶものの正体です。
岐阜県東濃地域は古くからやきものづくりで栄えた土地です。その大きな理由のひとつに、この土地が良質な粘土層を抱えていることがあります。お隣の愛知県瀬戸地域も同じように粘土層があり、やきものの産地として栄えています。なぜこの地域にはたくさんの粘土が存在するのでしょうか。その理由は太古の昔にさかのぼります。
長くこの地域には、花崗岩などの岩山が広がっていました。花崗岩の山々は湿潤な気候のなかで雨や風によって削り取られ、水に流されて窪地に溜まります。これらがさらに長い時間をかけて風化して堆積することで、粘土の層が形成されした。現在の研究によると、この地域の粘土層はおよそ1200万年から1000万年前までに出来上がったものだといわれています。
粘土は粒子が細かいため、長い歳月のなかで雨や川に流されるなどして簡単に移動してしまいます。しかし、今からおよそ 500万年前、現在の三重県津市から岐阜県中津川市あたりまでの地域一帯は「東海湖」という大きな湖に覆われました。(東海湖は地殻変動を受けてかたちを変えながら、最終的にはおよそ80万年前に無くなってしまいます。)
通常であれば海まで流れてしまったかもしれない粘土層は、東海湖に覆われていたことで、この地域に留まったと考えられています。つまり、この地域の粘土層は、何百万年という時間をかけてつくられ、東海湖などのおかげで奇跡的に流されなかったことで、現在まで残ったものといえます。粘土は、さまざまな条件と果てしなく長い時間が重なることでやっと出来上がる、貴重で限りあるものなのです。
さて、このように粘土は多くのモノのはたらきと時間の積み重ねの末に出来上がります。そのため、生まれた場所によってさまざまな性質の違いがみられます。たとえば蛙目粘土とよばれる粘土があります。これは夜、光があたると、きらりと光ります。石英や長石などの鉱物が混ざっているからです。光る様子がカエルの目のように見えたことから、蛙目粘土と呼ばれるようになりました。木節粘土と呼ばれる粘土には、真っ黒な木片が含まれています。これは燃えて黒く焦げたものではありません。木が長い時間土の中に埋もれることで酸素や水分が抜けきって「炭化」したものです。
このような大木がみつかることもあります。粘土層には土以外のものも多く含まれています。これらを取り除き、漉すことでなめらかで扱いやすい粘土をつくることもできます。粘土として使う場合、木片などは「不純物」とも考えられますが、わたしたちに粘土の成り立ちを伝え、ここに流れてきた歳月の果てしなさに気づかせてくれるものでもあります。
このように粘土はそれぞれ手ざわりや焼き上がりの姿が異なります。たとえば鉄分が多い場所では、恵那のもぐさ土のような色味の粘土になることもあります。市販の粘土の多くは、性質のばらつきが少なく使いやすいように、さまざまな粘土を混ぜるなどして調整しています。
よく伸びる、やわらかい、ざっくりとしている、なめらかである…どのようなものをつくりたいかによって、使う粘土も変わってくるでしょう。あるいは、この粘土ならこんなものがつくりたいと思うこともあるでしょう。粘土なら、さまざまな形をつくることができます。どんな形をつくりましょうか。
粘土で作った形(かたまり)は、乾かしておくと固くなりますが、水をかけたり力を加えたりすると簡単に崩れてしまいます。これをやきものにするには、「焼く」ことが必要です。やきものを焼くにはさまざまな方法があります。多くは窯を使う方法ですが、ここでは炎のはたらきをみるために、野焼きの様子を紹介します。
燃料となるのは枯葉や木です。これらを燃やし、熱を作ります。 粘土は炎で熱されることで水分が抜けていきます。さらに熱を加えられることで化学変化を起こし、硬く焼きしまります。水分が多く残った状態で熱すると、粘土のなかで水分が水蒸気となって急激に膨らみ、爆発してしまうこともあります。火の加減によって、思いがけない模様や色、かたちが生まれることもあります。
完全に焼きあがったやきものは硬くなります。水につけても、もう元のやわらかい粘土のように形は変わりません。強い衝撃が加わると割れてしまいますが、基本的にやきものとなったものは、土に戻ってしまうことがないのです。何千年も前につくられた土器の破片から当時の生活を想像することができるのも、粘土がもつこの性質のおかげです。
やきものづくりは、とても長い時間をかけて岩石などが風化してできた粘土を加工し、それを焼くことによって(石のように)硬く形が変わらないものをつくることだといえます。このようなやきものづくりの過程に思いを馳せると、いつも使っているマグカップやお茶碗も、なんだか特別なものに感じられるのではないでしょうか。
本サイトはやきものやその素材である粘土に対する理解を深めるために、2019年度に岐阜県現代陶芸美術館にて開催した連続ワークショップ「土にふれる・土をしる」の内容をもとに製作しました。
ワークショップ開催概要
連続ワークショップ
「土にふれる・土をしる」
2019年9月28日「掘る・練る」
2019年10月26日「練る・つくる」「焼く」
講師:日置哲也
(陶芸家・カネ利陶料有限会社 代表取締役)